カルレス・プジョルという選手をご存知でしょうか。FCバルセロナのことがある程度好きな人なら誰でも知っているレベルの選手だと認識していますが、引退は9年も前。最近バルサにハマった人は、ともすると彼のことを知らないかもしれません。
プジョルはバルセロナの歴史上の中で最も偉大なキャプテンの1人と称されるレジェンド選手です。1999年にオランダ人のルイス・ファン・ハールの元でトップチームデビュー。その5年後に正式なトップチームのキャプテンに就任すると、2014年の引退まで3度のCL制覇にチームを導くなど多大な貢献を果たしました。
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ポジションはCB。しかし、プジョルはお世辞にも世界レベルにおいてボール扱いの技術が傑出しているとは言えない選手でした。ラファエル・マルケスやジェラール・ピケに比べると(言葉を選ばずに言えば)下手と表現してもいいでしょう。おまけに身長も178㎝とCBとしては小柄な部類。このプロフィールだけ見るとバルセロナのCBを務めるには物足りないような印象を受けます。
にも関わらず、彼がバルセロナの中心選手として長年君臨し続けたのは、守備面における絶対的なクオリティだけでなく、そのキャプテンシーとパーソナリティ故。プジョルのことを一言で表現するならばまさに「闘将」。溢れんばかりの気迫と責任感を、そのプレーで、その言動で、体現する選手でした。真のリーダーと言って然るべき存在でした。
プジョルの引退後、バルセロナのキャプテンマークは1年だけシャビ・エルナンデスが巻いた後に、アンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシ、セルヒオ・ブスケツの順番にクラブのバンディエラに継承されていきました。しかし、彼らは絶対的なクオリティをピッチ上で披露することはできても、プジョルのように己の振る舞いと発言でチームを引っ張ることのできる選手ではなかったのが現実です。
ピッチ上のキャプテンシーと、チーム成績にどれほどの相関関係があるかは定かではありません。しかし、プジョル引退後のバルセロナは黄金期から比べると、確かに下降線を辿っていきました。クラブの放漫な経営が主因とはいえども、3度に渡るCLでの大失態(ローマ、リバプール、そしてバイエルン)での弱々しいパフォーマンスは、チームを鼓舞し、盛り立てるリーダー不在に原因を求めたくなるのも無理はない類のものでした。
彗星のごとく現れた17歳
苦難を迎えたバルセロナに、新しい闘将が誕生しようとしています。パブロ・パエス・ガビラ。通称「ガビ」の愛称で呼ばれるカンテラ出身の至宝が今バルセロナにおいて色々な意味で最もホットな選手となっています。
2021年8月、リオネル・メッシを財政難で失ったばかりの戦力的にも精神的にもボロボロなチーム状態の中で、ガビはトップチームでの産声をあげました。デビュー時の監督は、奇しくもプジョルと同じくオランダ人のロナルド・クーマン。若手の積極登用を生業とする元バルセロナのスター監督です。
ここからは簡単にガビのデビュー以来の歩みを振り返っていきたいと思います。
21-22シーズン
デビュー以来、ガビは彗星のごとく主力選手への階段を駆け上がります。バルセロナで定位置を掴み取る前にスペインのA代表に招集されると、重要なネーションズリーグの準決勝、決勝に衝撃の先発を果たし、メディアを驚かせました。クラブレベルで監督がクーマンからシャビに変わっても信頼は揺るがず。デビューシーズンにして公式戦47試合に出場します。
17歳にしてこれだけのプレータイムを消費できたこともそうですが、特筆すべきは複数ポジションで使われても一定のプレークオリティを見せつけた事。本職のインテリオールだけでなく、左右のウイングや偽9番、シャドーとしてもしっかりとプレゼンスを発揮した事実は、彼の類まれなるセンスの片鱗を示しました。
ハイライトは後半戦のアトレティコとのゲーム。アダマ・トラオレのクロスに打点の高いヘディングを叩き込み逆転弾を挙げたのです。あまり言われていないことかもしれませんが、ガビは意外とヘディングが強いです。身長173㎝ですが、ジャンプ力がずば抜けて高いのだと思います。
このシーズンでは最終的には準レギュラー的な扱いでしたが、ペドリやフレンキー・デ・ヨングの負傷離脱も相まって36試合に出場するなどチームを支える選手としてシーズンを終了。素晴らしいデビュー1年目となりました。
22-23シーズン
フレンキー・デ・ヨングがクラブから理不尽に(財政問題により)冷遇されたことで開幕からペドリの横に並ぶインテリオールとして毎試合スタメンシートに名を連ねたガビ。フレンキーの出場機会限定が凍結された後は、左ウイングへとポジションを移します。所謂偽WGの形で、4人目のMFとして機能性を発揮。一気に主力へと格上げされた格好です。
ガビの左WG起用はチームにボール保持の安定性と、プレッシングの強度維持をもたらしました。2年目のシャビバルサは魅力的とは言い難いまでも、堅実な試合運びで勝ち点を重ね、5年ぶりのリーグ優勝を成し遂げることになります。ガビは目立たないながらもチームを円滑に進める歯車として多大な貢献を見せたと言えるでしょう。
特にペドリ、フレンキーが負傷離脱した期間においては中盤の屋台骨としてチームを支えてくれました。ガビがいなければシャビバルサが優勝することは難しかったかもしれません。
このシーズンでは、11月から開催されたカタールW杯にも出場。残念ながらチームはベスト16で敗退となりましたが、当然の様に全4試合に先発出場。18歳の選手としては異例のスピード出世です。カタールW杯以降ルイス・エンリケの後を引き継いだルイス・デ・ラ・フエンテ監督からも変わらず主力として扱われていることから代表チームにおいても信頼できる選手になっていることが確認できます。
この貢献が認められ、ガビは21歳以下の若手選手に贈られる個人賞であるコパトロフィーとゴールデンボーイを2022年に受賞。その名は世界に広く認知されることになりました。
23-24シーズン
バルサはオフに欧州王者キャプテンであるイルカイ・ギュンドアンを獲得。ギュンドアン、ペドリ、フレンキーとの競争では流石に後手に回るというのがシーズン当初の主な予想でした。
開幕戦は下馬評通り(コンディションの問題もあり)ベンチスタートとなったガビですが、続く2節はフレンキーがCBに回る形で先発に返り咲き。以降はペドリの負傷も重なったことで昨季に続き主力として中盤に君臨しています。今季の公式戦プレータイムはフィールドプレイヤーの中ではギュンドアンに続く2番目の数字となっています。
今季新しい顔を見せたのが3列目でのプレー。これまでのガビはバルサでも代表でも2列目中央が主戦場だったわけですが、今季はフレンキー・デ・ヨングのアンカー起用、及び負傷離脱で3列目左に落ちて司令塔役をこなす試合が増えてきました。
先日のクラシコではギュンドアンと中盤の底でダブルボランチを組み、好パフォーマンスを披露。試合には敗れましたが、対人守備能力の強さ、トランジションの質とパスワークの安定感を示し、改めて3列目でも機能することを示した90分間になりました。19歳の新星は従来とは違うタスクにおいて新しい可能性を開きつつあります。
傾いたクラブを支えたカンテラーノ
簡単にガビの2シーズン半を振り返ってきました。改めて、17歳でデビューした選手の2年半としてはあまりに濃いものだったと感じます。
デビュー1年目のクラブにおけるプレータイムがチーム6位の3080分。続く2年目がチーム2位の3510分(いずれもフィールドプレーヤーのみの集計)と若くしてバルセロナ・スペイン代表の主力として試合に出続けるのが当たり前になっているのが、冷静に考えると怖いポイントです。
ピッチ上で誰と向き合っても恐れないメンタリティも素晴らしいですが、特筆すべきは2年半で大きな負傷がほとんどないこと。負傷離脱で欠場した試合は数えるほどしかありません。近年負傷者が多いかつ財政破綻でまともに補強が出来ないチームにおいて一定のプレータイムが計算できる選手のありがたさは計り知れません。
具体的なプレーの凄みは後編で書きたいと思いますが、基本的な技術レベルの高さとピッチ上のどこでも柔軟にプレーできる滑らかさといった多くのカンテラーノが保有しているアビリティに加えて、球際でファイトし、ボールを独力で奪うことができるというのがこれまでの下部組織上がりの選手たちとの相違点として挙げられます。
個々の守備能力の高さとネガティブトランジションの鋭さを武器とした22-23のバルセロナにおいては、ガビの左ウイング登用はリーガ優勝に向けたまさにキーファクターだったと言えます。
最早現代サッカーにおいては当たり前の事項となりつつありますが、ボール保持・非保持・トランジションのあらゆる局面でチームに貢献できる全方位型のMFの資質は十分あるでしょう。
勿論、2年半の中で荒っぽいプレーや不用意なイエローカードを貰いがちな部分など、粗を指摘されることもありました。大いに反省するポイントはあるかと思いますが、それでもこの2シーズン半のガビを評価するなら「素晴らしかった」の一言しかありません。
クラブの財政難による補強の制限、リオネル・メッシとの離別、主力選手(特にペドリ)の度重なる負傷離脱。もっと底に沈んでもおかしくなかったクラブで若くして試合に出続け、希望の光であり続け、クラブにタイトルをもたらしたガビの貢献はもっと評価されるべきでしょう。
後編に続く。
※記事中のデータは『FBREF』より
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ということで前編はここまで。後編ではガビの持ち味と課題、今後の展望について具体的に書いていきたいなと思います。後編も是非よろしくお願いいたします。
最後までお読みいただきありがとうございました。