1. 23-24シーズン総評
我々は現在、フットボール史に残るプレイヤーの誕生の瞬間を目撃しているのかもしれません。23-24シーズンは、ラミン・ヤマルという偉大なスターがトップリーグで産声を上げた歴史的なシーズンとして記憶されることでしょう。
1-1. 颯爽と現れた救世主(バルセロナ)
時計の針を少し戻しましょう。フランス人のウスマン・デンベレは前監督シャビ・エルナンデスにとって愛弟子と呼べる選手の1人でした。2017年のネイマール電撃退団に対するパニックバイによって加入したデンベレは、入団以降度重なる負傷離脱と覇気のないプレーが目立つ”不良債権”と化していました。加入4シーズン目となったクーマン政権ではようやく一定以上のパフォーマンスを見せたものの、翌21‐22シーズン半ばにはバルセロナからの契約延長オファーを拒否し、クラブやサポーターと対立してしまいます。四面楚歌状態だった彼をチームに引き戻し、中心選手としての役割を与えたのがシャビでした。
しかし、シャビ政権最終年度となった23-24シーズン開幕直前にデンベレはPSGへの電撃移籍を決意してしまいます。引き続きデンベレを崩しの核として計算していたシャビにとっては大誤算。クラブは財政的な問題から同シーズンに大きな投資が難しい状況で、デンベレに代わるアタッカーを確保するのは不可能でした。そのような状況下で、デンベレの代わりに開幕戦で右WGに入ったラフィーニャが、度重なる相手選手のラフプレーに耐えかねて暴力行為で応戦してしまい、2試合の出場停止処分を受けてしまいます。
この危機的状況に颯爽と救世主として現れたのが当時16歳になったばかりのラミン・ヤマルでした。彼が本物であることを証明するのはラフィーニャ不在のほんの2試合で十分でした。第2節のカディス戦で初先発を飾ると、再三右サイドからの仕掛けでチャンスを演出。続くビジャレアル戦では完璧なファーサイドへのクロスを供給し、ガビのヘディング弾をアシストすると、後半には鋭い仕掛け・シュートから決勝点を導出。4-3の壮絶な撃ち合いを制す立役者となりました。
ラフィーニャ復帰以降は、シャビに綿密にプレータイムを制限されながらも、ほとんど全ての試合に出場。全コンペティションで50試合に出場(内30試合先発)し、7G7Aを記録。プレータイムは2900分を超え、チームのアタッカーの中ではロベルト・レバンドフスキに次いで長くピッチに立った選手となりました。 最終的にはラフィーニャ、ジョアン・フェリックス、フェラン・トーレスといった先輩たちを差し置き、バルセロナのWGの1番手としての地位を確立したと言っていいでしょう。CL準々決勝2ndレグでは、アラウホの退場の影響で前半の早い段階で交代させられてしまいますが、シャビのその判断に疑問が噴出するほどの地位に僅か16歳、1年目で到達してしまったわけです。
1-2. “神童”から“スター”へ(スペイン代表)
絶対的な地位を確立したのはラ・ロハでも同じでした。他国にヤマルを奪われることを危惧したスペイン代表のデ・ラフエンテ監督は9月の代表ウィークで早くもヤマルをA代表に招集。16歳という異例の若さで代表チームの最高峰に上り詰めてしまったのです。
デビュー戦となったジョージア戦ではなんとゴールまで決めてしまう快挙を達成。この時点ではまだバルセロナではゴールを決めていなかったので、プロキャリアでの初ゴールということになりました。これまでクラブでのデビューゴールの前に、A代表でゴールを決めてしまうアタッカーは果たして存在したのでしょうか...。
9月の初招集に関しては、一部では他国との才能争奪戦を制すために無理やり招集したと囁かれていましたが、その見立てが間違っていたことを証明するのに時間はかかりませんでした。以降毎回の代表ウィークで招集されると、バルセロナでの活躍と比例するように代表チームでも地位を向上させていきました。ビッグトーナメントであるEURO2024にも当たり前のように招集される一方、対象年齢であるパリ五輪への招集は見送られます(五輪ですら世代的には1世代後なのですが...)。五輪招集外は3年前のペドリの教訓からの決断でしょうが、最早U-23のレベルは遥かに超えていることは明白でした。
初めてのビッグトーナメントであるEUROにおいても、ヤマルは臆することなくピッチに立ち続けました。消化試合となったグループステージ3戦目も含めて、全7試合に出場。中でも決勝トーナメントの4試合では毎試合ゴールかアシストを記録する暴れぶり。大会のアシスト王と最優秀若手賞を勝ち取り、スペイン代表の3大会ぶりの欧州制覇の立役者となりました。
特筆すべきは準決勝フランス戦でのスーパーゴールでしょう。早々に先制され、暗雲が立ち込める中でヤマルの左足が火を吹きました。こぼれ球を敵陣中央で拾うと巧みなステップでマーカーを翻弄し、シュートコースを作ると、ペナルティーアークの手前から左足を一閃。強烈なシュートはGKからファーサイドへ逃げるような軌道を描き、ポストに当たってゴールに吸い込まれたのです。会場は熱狂の渦へ。
現代最高のアタッカーと目されるキリアン・エンバペの眼前でゴラッソを叩き込んだあの試合こそ、ヤマルが“神童”から“スター”へ昇華を果たした瞬間だったのではないでしょうか。
2. 17歳時点の現在地
2-1. 世界トップレベルの右WGたらしめる能力
2年目の24‐25シーズンは、より一層の輝きを見せているヤマル。開幕4試合全てに先発出場し、1ゴール4アシストの大暴れ。リーガNo1の右WGとしての地位を確立しようとしています。そんなヤマルの凄みはどこにあるでしょうか。
後出しのプレー選択で自由自在に
ラミン・ヤマルのプレーのバリエーションは多岐に渡ります。細かいステップを基調とした相手DFの間を縫うドリブル、オープンスぺースでの単騎突破に、高精度のクロスボール。マシア出身らしく、後方から上がってくるSBや中央のポスト役とのコンビネーションや、オフザボールでの背後への強襲もお手の物。
通常、彼の年齢においては1つでもトップリーグで通用する武器があれば十分すぎる才能でしょうが、ヤマルはそれを複数持っているのがスペシャルな点です。あれだけの突破力を誇っているにも関わらず、ドリブル小僧感がないのは彼が適切なプレー選択を打ち続けているからでしょう。
ボールを受けた時のヤマルは極めて冷静で、対面の相手DFをじっくり観察するだけの余裕を持っています。正対の状態で相手のアクションを待ち、”後出し”で自身の引き出しからプレーを選べる判断力こそ、ヤマルを特別な選手に押し上げている要素と言えるのではないでしょうか。
23-24シーズンの後半戦は警戒され、ダブルチームで対応されることが多くなりましたが、1on1が封じられても問題なく価値を出せる選手なのは前述の通り。2人のDFをすり抜けるドリブル突破や、SBとの連携、中央でのワンツーであっさりと守備網をかいくぐっていく姿は痛快そのものです。
年齢離れしたキック精度とレンジ
ヤマルがスペシャルな点をもう1つ挙げるなら、卓越したキックのスキルでしょう。23-24のバルセロナにおいても、EUROのスペイン代表でも、右サイドからのアーリークロスで多くの得点・チャンスを演出してきました。
180㎝72kgの細身で非力に見えるヤマルですが、インフロントをこすり上げて蹴る技術が滅法高く、最小限のモーションで良質のクロスを送り込むことができます。アクションに要するスペースと時間が少ないということは、それだけ相手DFからすると予測・対応の難易度も上がります。感覚としてはヤマルの足元にあったはずのボールが突然クロスとして飛び込んでくるイメージに近いでしょうか。
このクロスを、ヤマルはニア・中央だけでなくファーに綺麗に届けることができます。このキックレンジの広さもヤマルの脅威の1つで、バルセロナとしては、ヤマルのサイドチェンジに飛び出してくる選手がもっと出てくると、より脅威になるようなイメージがあります。ジョルディ・アルバとのコンビネーションも見てみたかったところです。
ラ・ロハで見せた可能性
EURO2024では新たな可能性を見せました。バルサではジュール・クンデ、スペイン代表ではダニエル・カルバハルと主に縦関係のコンビを組むヤマル。どちらかというと、ヤマルが大外のポジションを取り、自由に仕掛けを繰り出しながら後方のSBのサポートを得る構図がほとんどのパターンとなっています。
EURO2024の準決勝フランス戦はそのカルバハルが出場停止により不在に。代わりに右SBに入ったのは、元WGで大外に張るタイプのヘスス・ナバスでした。この変更でヤマルがどのように振舞うのか注目していたのですが、ここでも流石のセンスを見せつけます。上がってくるナバスに配慮して、内側へポジショニングを微調整。右サイドが渋滞しない配慮を見せつけます。
ヤマル、ゴールもスーパーだし、今日は大外高い位置を取りたいナバスとのコンビなのでプレーエリアを微調整しているのがとってもセンスを感じる。ビルドアップ時に低い位置に降りていって出口になるムーブはメッシを思い出させる。
— Hikota (@BarcaHikota) 2024年7月9日
大外WGからキャリアをスタートして、時を重ねるごとにプレーエリアが中央に近づく選手も多くいますが、果たしてヤマルがどのような道を歩むのか。今後の可能性が大きく広がったEUROだったのではないでしょうか。
2-2. 物怖じを知らぬパーソナリティ
アンス・ファティ、ペドリ、ガビ、アレハンドロ・バルデ、パウ・クバルシ、そしてヤマル。近年バルセロナのトップチームにデビューを飾った若手たちに共通することとしては、とにかく強靭なメンタリティを持っていることです。彼らは抜擢直後からトップチームでも全く物怖じせず、自己を表現してきました。
これは世代的なものなのか、たまたまバルサにそのような若手が集まってきたのか、確かなことは分かりません。いずれにせよ、彼らの適応能力は凄まじく、自信満々にプレーしていると感じられます(個人的には、リオネル・メッシの隣で平然とプレーしてたアンス・ファティとペドリの本物感は異常だったなと思っています)。
ヤマルもその1人で、大舞台で委縮・緊張してパフォーマンスレベルが低下する傾向が見られません。先述のEURO決勝トーナメントでの活躍もそうですし、CLの決勝トーナメントにおいても印象に残るプレーを連発。むしろ大きな試合でリラックスしているようにすら見えます。少なくとも宿題を課されるような年齢のプレーヤーには到底見えません。
2-3. 可愛げの残るフィニッシュワーク
課題があるとすればフィニッシュワークの部分でしょう。綺麗に崩し切っておいて、イージーなシュートを外す場面が昨季は散見されました。デビューシーズンで7Gは立派ですが、バルセロナでの初ゴールまでに幾分か時間を要しましたし、もう少し積み上げる余地もあったのが正直なところです。技術が高いがゆえに、引き付けすぎてしまったり、ギリギリのコースを狙いすぎてしまったり、など。
とはいえ、それも粗を探すなら、レベルの話です。正直これでフィニッシュも完璧だったら、全然成長の余地がなくて怖いので、まだ可愛げがあってよかったなと心から思う次第です。きっと時が経てばバンバン決めてくるのではないでしょうか。
ちなみに非保持の部分に関しては、現時点では可もなく不可もなくこなしている印象です。とはいえ、まだ身体ができあがっておらず負傷リスクも高いので、非保持の局面の負担を減らして、保持にリソースを割かせるスペイン代表のやり方が無難でいいかなと思います。新監督のハンジ・フリックもある程度はヤマルの非保持の貢献には目を瞑るのではないでしょうか。
3. 順調すぎる歩みに潜むリスク
弱冠17歳とは思えないほどのインパクトと成果を残したヤマルですが、順調すぎるが故に今後のキャリアに一抹の不安を覚えてしまうことも否定できません。彼自身に一切の咎はないものの。これから書くことが杞憂に終わればいいと願います。
3-1. レジェンドと比べても速すぎる成長速度
バルセロナ史上最高のレジェンドのリオネル・メッシですら、プリメーラデビューは17歳の頃。1シーズン単位のプレータイムが23‐24シーズンのヤマルを上回ったのは21歳のシーズン(08-09)が最初でした。
近年のバルセロナにおいて同年代で現時点でのヤマルに最も近いレベルの存在だったのが、ボージャン・ケルキックでしょう。16歳で迎えたシーズンで40試合に出場し、11Gを記録。神童として将来を嘱望される選手でしたが、その後のキャリアがどうなったのかは周知の通り。
彼に比べても早熟なヤマルの歩みを見ていると、今後のバルサの未来は明るいと思う一方、どうしても一抹の不安を覚えてしまいます。あまりに早く階段を登りすぎているのでは、と。勿論、彼にはそれに相応しい実力があり、クラブの状況的にもヤマルの力が必要だったことから、彼自身には何の咎もありません。
とはいえ、あまりに早くクラブと代表で絶対的な存在になりすぎたのではないか。そのような懸念が渦巻き、ヤマルのプレーを見ると複雑な思いを抱える自分がいます。才能が特大すぎるあまり、プロ入り後数年で経験すべき競争や、挫折をすっ飛ばしすぎているのではないか、と。
3-2. 懸念すべき競争相手やロールモデルの不在
現在、ヤマルはバルセロナのウインガー陣の1番手の位置づけです。同ポジションにはラフィーニャやフェラン・トーレスもいますが、正直に言えば彼らが序列を覆すのは、ヤマルがよっぽどのスランプに陥らない限りは、勝算の低い戦いと言えるでしょう。
23-24シーズンの序盤戦は、シャビによってヤマルは綿密にプレータイムを管理されていましたが、中盤以降は先発・フル出場の頻度が増えていきました。今回のEUROでも全7試合に出場(内6試合先発)したことからも、ヤマルはこの1年間でますますベンチに留めておくのが難しい存在になったと言えるでしょう。
つまり、17歳にしてクラブでのポジション争いが存在しないという極めて稀有な状況が発生しているのです。これはバルセロナというメガクラブにおいては異例中の異例です。聖域とまでは言いませんが、それに近い存在までヤマルはトップチーム昇格から僅か1年で駆け上がってしまいました。そして、クラブには現状、ヤマルの競争相手となり得る選手を連れてくる余裕はどこにもありません。
競争相手の不在と、ヤマルの成長速度を考えると昨季のように休み休み起用する難易度はとてつもなく上がっていると言えるでしょう。身体の出来上がっていない彼をトップリーグの試合で長くプレーさせれば、当然負傷リスクも高まります。直近でも同い年のマルク・ベルナルがシーズン絶望の負傷を負ったことからも、バルサはより慎重にならなくてはならないでしょう。
もう1つ、懸念しているのがロールモデルとなる先輩選手の不在。現在のバルセロナは10代~25歳の年齢層の中に主力の多くが含まれています。中堅~ベテラン選手はテア・シュテーゲン、フレンキー・デ・ヨング、ロベルト・レバンドフスキといった外様の選手。バルセロナには在籍年数を重視する特殊な文化があるため、カンテラーノのベテラン選手がチームにいないのは少しばかり異様な光景です。
ヤマルの手本となり、時には叱ることで、正しく導いてくれる選手が今のバルセロナにいるのか、些か不安に思う部分もあります。
3-3. 増長するエゴや誘惑と正しく向き合えるか
ヤマルは、17歳相応の溌剌さと若者らしさを兼ね備えています。SNSでチームメートとジョークを飛ばし合いながら絡み合い、ピッチ上のセレブレーションも積極的。セレブレーションダンスや、試合開始直前に相手チームのニコ・ウィリアムスとじゃれ合うなど、お調子者の一面が垣間見え、微笑ましく見ているファンも多いのではないのでしょうか。
上記のキャラクターからも垣間見えるように、ヤマルはシャイで一歩引くタイプではなく、ふてぶてしい自信家の色の強い選手です。だからこそ最年少であれだけのパフォーマンスを発揮できるわけですし、ファンやチームメートからも可愛がられ、愛される要因になっていると思います。
しかし、溢れんばかりの自信は時に過信・慢心に繋がってしまいます。1年目で世界的なビッグクラブの絶対的な地位を確立したことは、ヤマルのフットボーラーとしてのキャリアにとって必ずしも良かったとは限りません。17歳で掴んだ大きな成功と引き換えに、ヤマルは今後増長するエゴや誘惑と向き合いながら、フットボールのキャリアを歩むことになります。
ポジション争いに乏しく、若手選手ばかりのバルセロナにおいて、ヤマルはフットボールに集中し、彼本人と周囲が期待した通りのキャリアを歩むことができるのか。それはともすると、18歳になる前に世界中を熱狂させ、欧州を制することよりも難しいことなのかもしれません。
4. あとがき
この記事を書くきっかけになったのは、スペイン代表のEURO優勝後にあるツイートを見かけたからでした。
Rodri to Lamine Yamal after the EURO final: "Keep working brother... Keep working because you can achieve whatever you want." pic.twitter.com/Ad9NeNtzrx
— Barça Universal (@BarcaUniversal) 2024年7月16日
ロドリのこの言葉はなぜだが、僕の心にずしんとのしかかりました。彼は決してネガティブな意味で言ったわけではないと思いますが、17歳で絶対的な地位とビッグタイトルを獲得したヤングスターが、これから向上心とモチベーションを保ちながら、10年・20年とキャリアを積み上げていくのはどれだけ難しいことなのでしょうか。極東でこの記事をぼんやり書いているだけの僕には、想像すら困難なことです。
しかし、それにしてもラミン・ヤマルの才能は特大です。リオネル・メッシの退団から僅か2年、絶対に現れるはずがないと思っていたクラブの大レジェンドに比肩し得る才能がこんなに早く出てくるなど、全く想像していませんでした。これだからバルセロナのファンはやめられません。
本当に規格外、というか前代未聞の存在です。従来の常識や定説は彼には通用しません。もしかすると、僕が考え得る杞憂など、その溢れんばかりの才能で蹴散らしていくのかもしれません。そうなってくれることを、ラミン・ヤマルが若きバルセロナを牽引し、再びクラブの黄金期を取り戻すことを、切に祈って結びとしたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。